登坂淳一|父親や妹の死因はがん!母親や弟についても調査!

元NHKアナウンサーで現在はフリーで活躍している登坂淳一(とさか じゅんいち)さん。

ニックネームは「麿」(まろ)さんですね。

登坂淳一さんは、父親と妹さんを早くに亡くしているそうなのですが、死因は何なのか気になってしまいます。

現在は、奥様と娘さんと暮らす登坂淳一さんですが、実家の家族、母親と弟さんについても調べました。

目次

登坂淳一|父親の死因はがんだった

登坂淳一さんは、お父さんについて次のように語っています。(有料記事のため無料部分のみを抜粋しています。)

(おやじのせなか)登坂淳一さん 常に全力、葬儀には1200人

ん~、困りました。僕がNHKに入る直前に他界したので、記憶が薄れつつあります。一生懸命、考えないと思い出せない。弟にLINEで確かめたくらいです。典型的な昭和の猛烈サラリーマンでした。外資系企業の営業職から、30代半ばでヘッドハンティングされて大手精密機器メーカーへ。すごい勢いで出世し、40代…

https://www.asahi.com/articles/DA3S14066872.html

登坂淳一さんのお父さんは54歳の時にがんで亡くなっています。

父は登坂が大学生の頃がんで亡くなった。最期は自宅で母妹弟と一緒に看取ったそう。父に「やり残したことはない?」と聞いたところ、「ない」と一言だけ返された。仕事人間の父だったが54歳で悔いのない人生を送っていたのだと知り、それが自身のその後の生き方を左右したと話す。

https://news.mynavi.jp/article/20210904-1964102/

2021年9月7日放送の「徹子の部屋」には、登坂淳一さんが出演するので、お父さんについて語ることがあれば追記いたします。

登坂淳一さんのお父さんは、常に全力で生きてきて、葬儀は1200人の方が参列されたということです。

登坂淳一さんの父親の人物像をまとめると…

  • 常に全力
  • 葬儀には1,200人
  • NHKに入る直前に他界(1997年頃?)
  • 典型的な昭和の猛烈サラリーマン
  • 外資系企業の営業職
  • 30代半ばでヘッドハンティングされた
  • 転職先の大手精密機器メーカーでも出世

登坂淳一さんの父親は、猛烈な仕事マンだったという感じですね。

また、東京都で過ごした時間が長いものの、お父さんの仕事上、青森県や宮城県仙台市に住んでいたこともありました。

父親の仕事の関係で小学校3年生まで、青森県や宮城県仙台市に転居経験があるが、ほとんどを東京都で過ごした。青森県には半年間住んでいた

引用:WIkipedia

登坂淳一さんが、NHKに入局したのは1997年4月、25歳の頃で、お父さんが亡くなったは入局直前とのことです。

アナウンサーになった息子・登坂淳一さんの姿を見ることなく亡くなってしまったことは親子にとっては悔しいことだったかもしれませんね。

登坂淳一さんが、アナウンサーになったきっかけも、お父さんだったのかなと思えるエピソードもみつけました。

登坂:うちは父親がモーレツサラリーマンで、朝早くて夜遅いような、激忙しい人だったので、父とのコミュニケーションがあまりなかったんです。一緒にいる時間がなくて。 だから、子供なりにコミュニケーションをとろうと思った時、父親は毎朝スポーツ欄を熱心に読んでいたのが印象的だったので、スポーツに関係する何かをしてみようと。そこで、テレビで見た前日のプロ野球や相撲のハイライトシーンを実況風にリプレイしたりして。すごく喜んでくれましたね。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e6e3f2ef26256b4ba255fe2cceb046d6ba3785d3

モーレツサラリーマンだったお父さんに喜んでもらえるように、プロ野球や相撲のハイライトシーンを実況風にリプレイしていた子供の頃の登坂淳一さん。

登坂淳一さんがNHKに入局することも嬉しかったに違いありませんね。

登坂淳一|妹の死因もがんだった!

登坂淳一さんの妹さんが41歳の頃にがんで亡くなったことで、登坂淳一さんは、仕事ばかりだった自分の人生を見つめ直し、20年以上勤めていたNHKを退職し、フリーになりました。

── 3年前にフリーになったときは、余裕ある育児なども見越しての選択だったのですか?
登坂さん: それはまったくありません。当時は20年以上NHKに勤めていましたが、これ以上、新しいことはできないのではないか、という思いが出てきました。仕事が9割、プライベートが1割という状態にも疑問をもちはじめていました。さらに当時、妹が亡くなったこともあり、残りの人生このままでいいのか、と考えるようになっていました。そのときに声をかけてもらい、今の所属事務所にお世話になることになりました。

https://news.goo.ne.jp/article/chanto/bizskills/chanto-245457.html

登坂淳一さんが、NHKを退職したのは、2018年1月11日のことです。

生活の全てを報道の仕事で埋めていた頃、今度は妹ががんになり、41歳の若さで亡くなった。早すぎる死に、自分の人生を仕事だけで終わらせていいのかと考えるようになり、NHKを辞めてフリーになった。

https://news.mynavi.jp/article/20210904-1964102/

妹さんが亡くなったのは、2017年頃のことでしょうか。

登坂淳一さんの、フリーに転身後の事務所はホリプロです。

登坂淳一の母親

登坂淳一さんのお母さんはご健在です。

おばあちゃんと孫娘は、なかなか会えないご時世ですが、登坂淳一さんが動画を送って育児について話している様子をアメブロに綴っています。

コロナ禍で、直接会うことがなかなかできない。娘の動画を撮って、母に送ると、「ミルクをあげる時はもう少し…」。「沐浴は赤ちゃんを…」。そして、僕が生まれたときや幼い頃のこと、育児のことを細かく話してくれる。もう半世紀も前のことなのに…親になって母の想いが少し分かった気がします。

https://ameblo.jp/tosakajunichi/entry-12673212018.html?frm=theme

登坂淳一さんのお母さんは、登坂淳一さんが生まれたときうあ幼い頃のことを息子と話せる喜びを噛みしめていることでしょうね。

登坂淳一の弟

登坂淳一さんには、妹だけではなく、弟もいます。

父親についてのインタビューで、25年近く前に他界した父親について思い出せない登坂淳一さんは、お父さんについての記憶を弟さんに確かめたということです。

一生懸命、考えないと思い出せない。弟にLINEで確かめたくらいです。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14066872.html

父親についての話しをLINEでやりとりする弟さんなので、兄弟関係は仲が良さそうですよね。

まとめ!登坂淳一の両親や妹弟について

フリーアナウンサー登坂淳一さんの両親や弟・妹について見てきました。

登坂淳一さんは、幼い頃に忙しかったお父さんを喜ばせたいと考えたことがきっかけで、アナウンサーを目指したのかなあという気がしますね。

また、妹さんの死があって、人生を改めて考え直し、フリーに転身したのかもしれません。

TikTokやYou TubeなどのSNSも積極的に使い、仕事も人生も楽しむ登坂淳一さんのこれからの活躍も楽しみです。

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